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南海フェリーが2028年3月末をめどにフェリー事業から撤退すると、親会社の南海電気鉄道が2026年3月30日に発表しました。
事業撤退に至りましたのは、昨今の事業環境の変化や運航コストの上昇など、さまざまな要因を総合的に判断された結果によるものです。皆さまには多大なるご不便、ご迷惑をおかけいたしますこと、深くお詫び申し上げます。
引用元: フェリー事業からの撤退について(南海フェリー公式サイト)
詳しい情報は以下をご覧ください。
南海フェリーってそもそも何?70年以上続いた和歌山〜四国ルートの歴史
始まりは1935年の紀淡連絡汽船…戦前から関西と四国をつないでいた
南海フェリーの歴史は、1935年(昭和10年)に設立された紀淡連絡汽船株式会社にさかのぼります。
当時はまだ本州と四国を結ぶ橋などなく、和歌山から海を渡って四国へ向かうのが一般的なルートでした。
1956年には南海観光汽船が和歌山〜小松島航路を開設し、1964年にはフェリー「きい丸」が就航して自動車の航送もスタートしています。
「南海四国ライン」は大阪なんばから徳島まで一本でつながる大動脈だった
南海フェリーのすごいところは、南海電鉄の鉄道路線と直結していた点です。
大阪のなんば駅から特急「サザン」に乗れば、和歌山港駅まで直通。
駅を降りたら連絡通路を歩いてそのままフェリーに乗り込めるという、鉄道と船がシームレスにつながる「南海四国ライン」が構築されていました。
なんば〜徳島港まで、乗り継ぎを含めて約3時間30分。
ちなみに、現在も残っている鉄道連絡船は日本でわずか数か所。
南海フェリーはその貴重な存在の一つだっただけに、鉄道ファンにとっても大きなニュースとなっています。
1998年の明石海峡大橋開通で利用者が一気に減った
南海フェリーの転換点となったのが、1998年の明石海峡大橋の開通です。
これにより、関西から四国への主要ルートが「和歌山経由の海路」から「神戸経由の陸路」に一気に移行しました。
同時に徳島〜大阪間の高速バスも開業し、和歌山を経由して四国を行き来する利用者は激減。
高速船事業は2002年に廃止に追い込まれ、以降はフェリー航路のみの運航となっています。
この動画では南海フェリーの歴史を詳しく解説しています。
南海フェリーが撤退を決めた理由は?コロナ・燃料費・老朽化の三重苦
ピーク時57万人→コロナ禍で19万人に…2021年度から債務超過も
南海フェリーの利用者数は、2003年度に約57万人を記録していました。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で2020年度には約19万人にまで落ち込みました。
コロナ前から明石海峡大橋開通の影響で利用者は減少傾向にありましたが、コロナ禍が決定的な打撃になったのです。
2021年度以降は債務超過の状態が続いており、近年の燃料費高騰がさらに追い打ちをかける形になったとされています。
「フェリーかつらぎ」が就航26年で限界…でも新造船を作るお金がない
現在、南海フェリーは「フェリーかつらぎ」と「フェリーあい」の2隻で運航しています。
このうち「フェリーかつらぎ」は1999年就航で、就航から26年が経過し老朽化が著しい状態です。
本来であれば新しい船に更新すべき時期ですが、債務超過の状態で新造船を建造する費用を捻出するのは不可能だったとのこと。
フェリーは1隻だけでは、点検やドック入りの間に運休しなければなりません。
安定したダイヤを維持するには最低2隻が必要で、その片方を更新できないとなれば、事業の継続は難しいのが現実です。
2028年3月末が期限だけど「前倒し撤退」の可能性も示唆されている
撤退時期は2028年3月末がめどとされていますが、状況によっては前倒しされる可能性もあります。
南海電気鉄道は、船舶・設備の老朽化や従業員の確保といった問題で安全運航に支障が生じる恐れがある場合には、撤退時期を早めるとしています。
船員は引く手あまたなのですぐに引き抜きが始まる。船員が足らなくなれば28年3月末を待たずに運航できなくなる恐れがある
引用元: 南海フェリー撤退へ 和歌山-徳島港、28年3月めどに(Yahoo!ニュース/毎日新聞)
撤退が発表された以上、船員の転職が加速する可能性は十分にあります。
この動画では南海フェリーの乗船体験を紹介しています。
南海フェリーがなくなったら何が困る?和歌山港駅はどうなる?
和歌山〜徳島間を車ごと渡せる唯一のフェリーが消える
南海フェリーがなくなると、和歌山と徳島を車両ごと直接つなぐ海上ルートが消滅します。
代替手段としては、神戸淡路鳴門自動車道を使って明石海峡大橋〜淡路島〜大鳴門橋を経由するルートがあります。
ただし、このルートは高速道路料金がかかるうえに、和歌山方面からだと大幅な遠回りになります。
特にトラック業界では、ドライバーの労働時間規制が厳しくなる中でフェリー移動は貴重な休息時間でもありました。
周りの物流関係者にとっても、地味に痛い影響が出てくるかもしれませんね。
和歌山港駅の利用者は1980年の8分の1…特急サザンの乗り入れも危うい?
南海フェリーと一体で機能してきた和歌山港駅の今後も気になるところです。
和歌山港駅は1971年にフェリーとの接続駅として開業し、1980年には1日2,770人の利用者がいました。
しかし2022年には346人にまで減少しており、ピーク時の約8分の1という状況です。
フェリーが無くなると和歌山港駅の需要もガクッと下がりますが、どうなるんでしょうか…。
引用元: 【速報】南海、和歌山~徳島のフェリー事業撤退を発表(鉄道プレス)
現在、和歌山港駅にはなんば駅発着の特急「サザン」が1日2〜3往復乗り入れています。
フェリーがなくなれば乗り入れの理由もなくなるわけで、和歌山港線自体の存廃問題に発展する可能性もあります。
阪神大震災では迂回ルートになった…大規模災害時の「保険」が消える怖さ
意外と知られていないのが、南海フェリーが災害時の「代替ルート」として機能していたという事実です。
1995年の阪神・淡路大震災では、山陽新幹線や山陽本線が長期間不通になりました。
その際、四国内の交通と組み合わせることで、南海フェリー経由のルートが関西と四国を結ぶ迂回路の一つとして活用されたのです。
南海トラフ地震のリスクが指摘されている中で、海上輸送ルートが一つ減ることの意味は小さくありません。
和歌山県の宮﨑知事も「航路存続のためにいろんな支援をしてきたが撤退発表は大変残念。撤退後の航路存続も視野に入れながら、国や徳島県などと連携し撤退の影響を最小限にとどめたい」とコメントしています。
こういった交通インフラの問題は、普段利用しない人にとっても無関係ではないということを知っておきたいですね。
この動画では南海フェリーの現在と将来を解説しています。
まとめ
南海フェリーの事業撤退は、70年以上の航路の歴史に幕を下ろす大きなニュースです。
コロナ禍・燃料費高騰・船の老朽化という三重苦が重なった結果の決断でした。


前身の紀淡連絡汽船時代を含めると70年以上にわたって関西と四国をつないできた航路が、ついに消えることになります。