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木村葵来(きら)が、ミラノ・コルティナ五輪スノーボード男子ビッグエアで金メダルを獲得した。
木村葵来が高難度トリックを2本決めて今大会日本勢第1号となる金メルを手にした。日本勢として同種目男子初のメダル、男女通じて初の金メダル獲得。さらに木俣椋真(23=ヤマゼン)が銀メダルを獲得し、日本勢が複数メダル獲得の快挙を果たした。
引用元: 金メダル第1号!木村葵来がビッグエア男子初の金メダル獲得!(Yahoo!ニュース/テレ東スポーツ)
しかし、ここに至るまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。
世界選手権での予選敗退、右足首の靭帯損傷、そしてスノーボーダーには珍しい「丸刈り」に込めた覚悟。
この記事では、木村葵来選手の人柄が伝わるエピソードと、金メダルまでの軌跡を詳しくお伝えする。
詳しい情報は以下をご覧ください。
木村葵来ってどんな人?ガンダム由来の名前と岡山育ちの原点
名前「葵来(きら)」の由来はガンダムSEEDの主人公
木村葵来と書いて「きむら きら」と読む。
この珍しい名前の由来は、父親が大好きなアニメ『機動戦士ガンダムSEED』の主人公・キラ・ヤマトから来ている。
ちなみに木村選手自身もこの名前を気に入っているそうで、ファンからは親しみを込めて「キラくん」と呼ばれている。
名前の由来からして、なんとも愛されキャラな雰囲気が伝わってくる。
雪のない岡山から世界へ!
木村選手が生まれ育ったのは、「晴れの国」として知られる岡山県。
雪とは縁遠い土地で育ちながら、世界の頂点に立ったというのが木村選手の物語のすごいところだ。
スノーボードとの出会いは4歳のとき。
父親に連れられて鳥取県のスキー場を訪れたことがきっかけだった。
本格的に競技を志したのは小学6年生のとき。
2014年ソチ五輪をテレビで見て、「かっこいい」と衝撃を受けたことが転機となった。
雪国出身じゃなくても世界一になれる。
木村選手の存在そのものが、環境よりも情熱と努力が大切だということを証明している。
中学2年でプロ資格取得、弟・悠斗と切磋琢磨する最強兄弟
木村選手の成長スピードは驚異的だ。
中学2年生のときにプロ資格を取得し、早くからその才能を開花させていた。
2023年1月にはW杯デビュー戦でいきなり3位入賞。
翌2023-24シーズンにはビッグエアのW杯で2勝を挙げ、日本人男子初の年間王者(クリスタルグローブ)に輝いた。
こういう家族の絆に支えられたエピソードを知ると、木村選手をますます応援したくなる。
この動画では木村葵来選手の金メダル獲得の瞬間と丸刈りの覚悟を解説。
「地獄」の世界選手権予選敗退から丸刈りに込めた覚悟
右足首靭帯損傷を抱えたまま挑んだ2024-25シーズン
W杯年間王者に輝いた翌シーズン、木村選手を待っていたのは試練だった。
2024年9月に右足首の脛腓靭帯を損傷。
スノーボードにおいて足首は着地の衝撃を受け止める最も重要な部位のひとつだ。
怪我を抱えながらの競技生活は、想像以上に過酷なものだったに違いない。
しかし木村選手は、怪我の回復期間をフィジカル強化に充てた。
中京大学を休学して競技に専念する決断もこの時期に下している。
【2025世界選手権】日本代表5人中唯一の予選敗退
2025年3月、スイス・サンモリッツで開催された世界選手権。
オリンピック代表争いのちょうど中間地点に位置する重要な大会だった。
しかし木村選手は、日本代表5人のうち唯一の予選敗退という結果に終わった。
その理由は大きくひとつ、世界選手権ビッグエアで日本代表5人のうち、木村は唯一予選敗退となったからである。最大4枠というオリンピック日本代表争いのちょうど中間地点にあった世界選手権。その大事な試合で、木村は結果を残すことはできなかった。
引用元: スノーボード木村葵来、「地獄」を機に自分を見直しオリンピック金メダル(Olympics.com)
予選敗退の翌朝、木村選手はひとりで雪山に向かった。
その姿に、彼の競技に対する真摯な向き合い方が表れている。
「あそこで負けたから今の自分がある」
世界選手権での挫折について、木村選手は後にこう振り返っている。
あそこで勝っていたら変わってないですね。多分去年のままだと思います。ここまで強い体の状態とかメンタルの状態は多分できてなかったと思います。ある意味自分を見直すいいタイミングだったんじゃないかなって思ってます
引用元: スノーボード木村葵来、「地獄」を機に自分を見直しオリンピック金メダル(Olympics.com)
「地獄」の経験を、自分を変えるチャンスとして捉え直す。
この思考こそが、木村選手の人柄を最もよく表している部分ではないだろうか。
挫折を成長の糧に変えられる人は強い。
木村選手がまさにそれを体現してくれた。
父の助言「雑念を捨てろ」と丸刈りの決意
五輪シーズンを迎えた木村選手の外見には、大きな変化があった。
スノーボーダーには珍しい丸刈りスタイルだ。
今シーズンのビッグエアのW杯2戦目から短くしたんですけど、前々からお父さんには『短くしろ、雑念を捨てろ』と言われていて、今年は野球とかも見るようになって、髪の短い選手を見て、俺もやってみようかなと思ってやってみたら生活しやすいしいい感じに気合いも入るので僕も気に入っています
引用元: スノーボード木村葵来、「地獄」を機に自分を見直しオリンピック金メダル(Olympics.com)
父の「雑念を捨てろ」という助言と、大好きな野球選手の髪型。
この2つが合わさって、丸刈りという決断につながった。
でもこの丸刈りには、挫折を乗り越えて生まれ変わるという強い意志が込められていた。
今後「木村カット」としてスノーボード界で流行するかもしれない、なんて声もある。
この動画では丸刈り21歳の大逆転劇を詳しく紹介。
五輪で金メダル決めた!木村葵来の素顔とは
決勝3本目で90.50点!5回転半を2本決めた驚異の勝負強さ
決勝の展開を振り返ろう。
1本目、バックサイド1980(5回転半)を決めて89.00点で首位発進。
着地後に「どうだ」と言わんばかりに両手を広げるポーズが印象的だった。
しかし2本目はスイッチバックサイド1800で尻もちをつき、4位に後退。
だが木村選手は、勝負の3本目に向けて冷静だった。
最終3本目でスイッチバックサイド1980(5回転半)を完璧に決め、この日最高得点の90.50点を叩き出した。
合計179.50点で大逆転の金メダル。
木俣椋真選手(171.50点)との日本勢ワンツーフィニッシュとなった。
木村選手は「2本目はうまくかみ合わなくて着地できなかったが、3本目はそこを修正できた」と振り返っている。
この勝負強さは、「地獄」の挫折を乗り越えた経験があってこそだろう。
「子どもたちがスノーボードに興味を持ってくれたら」と語る
金メダルを獲得した木村選手がインタビューで繰り返し語っていたのは、自分のことよりも周囲への感謝と未来への思いだった。
「この先、一般の方たちや子どもたちが僕の姿を見て1度でもスキー場に足踏み入れてくれたり、競技やりたいなっていう子がいてくれたら嬉しいです」
21歳にしてこの言葉が自然に出てくるのが、木村選手の人柄のすごさだ。
競技では鬼のような勝負強さを見せながら、インタビューではこの自然体。
このギャップが、木村選手が多くの人に愛される理由だろう。
ご褒美はデコピンと同じ犬!大谷翔平ファンの素顔
金メダルのご褒美について聞かれた木村選手の答えが、なんとも微笑ましい。
「犬を飼いたい」
しかも犬種を聞かれると「犬種は忘れちゃった。大谷翔平が飼っているやつ」と回答。
五輪金メダリストのご褒美が「犬を飼いたい」って、なんだか親近感が湧いてしまう。
ここまで読んでくださった方なら、木村選手の人柄の魅力が伝わったのではないだろうか。
この動画では丸刈りの理由やデコピンエピソードなど木村選手の素顔を紹介。
まとめ
木村葵来選手は、雪のない岡山から世界の頂点に立った21歳の金メダリストだ。
ガンダム由来の名前、体操で鍛えた「フィジカルモンスター」の肉体、弟と切磋琢磨する日々。
世界選手権での「地獄」の予選敗退から、父の助言を胸に丸刈りで生まれ変わり、五輪の大舞台で最終3本目の大逆転を演じてみせた。
木村選手は2月16日からスロープスタイルにも出場予定で、ビッグエアとの2冠を目指している。
「もちろん金メダルを目指してやるが、自分のやれることをやれればいい」と自然体を貫く21歳の挑戦から、まだまだ目が離せない。
SNSでも大きな話題になっているので、スロープスタイルの結果もチェックしておきたいところだ。

