昭和・平成世代向けのWebメディア、LifeGoodTrend編集部です。
バイオリニスト・天満敦子さんが「徹子の部屋」に出演し、頸椎損傷からの復帰と無言館への想いを語ったことが話題になっています。
70歳になるバイオリニストの天満敦子さんが、1月21日午後1時放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演する。2022年に体の自由が突然利かなくなり検査入院、頸椎損傷と診断され緊急手術を受けたという。
引用元: 天満敦子:70歳のバイオリニスト 4年前に頸椎損傷で緊急手術(毎日キレイ)
詳しい情報は以下をご覧ください。
天満敦子とは?経歴とプロフィール
天満敦子さんは「望郷のバラード」で知られる日本を代表するバイオリニストです。
深い情感と力強い演奏スタイルで、国内外から高い評価を受けています。
生年月日・出身地・学歴
天満敦子さんの基本プロフィールは以下のとおりです。
意外なことに、ご両親は音楽とは無縁の家庭でした。
6歳のとき、木琴を楽しそうにたたく姿を見た母親がデパートで小さなバイオリンを買ってきたのが始まりだったそうです。
週1回のレッスン以外は特に練習することもなく、先生の見よう見まねで上達していったというから驚きですね。
主な受賞歴と師事した名匠たち
天満敦子さんの主な受賞歴をまとめました。
大学在学中から華々しい成績を収めています。
師事した先生方も世界的な名匠ばかりです。
小学6年生のときにNHK教育テレビの「バイオリンのおけいこ」に出演し、講師の江藤俊哉に素質を認められたことが本格的に音楽を志すきっかけになったそうです。
現在の活動と肩書き
現在の天満敦子さんの主な肩書きは以下のとおりです。
教育者としても後進の指導にあたっています。
ただし、自身が苦労せずに上達した経験から「経験のないことは教えられない」として、小さな子供のレッスンは行っていないそうです。
東日本大震災後は、母親の故郷でもある福島県を中心に被災地各地での演奏活動を続け、地元の人々との絆を深めています。
こうした活動を知ると、天満敦子さんが音楽を通じて人々に寄り添い続けていることがよく分かりますね。
無言館とは?戦没画学生を祀る美術館
天満敦子さんが25年以上にわたってコンサートを続けている「無言館」について詳しく見ていきましょう。
長野県上田市にある慰霊美術館の概要
無言館は長野県上田市古安曽にある私設の美術館です。
無言館は窪島誠一郎氏により、信濃デッサン館の分館として平成9年に開館した美術館です。第二次世界大戦中、志半ばで戦場に散った画学生たちの残した絵画や作品、イーゼルなどの愛用品を収蔵、展示しています。
引用元: 戦没画学生慰霊美術館 無言館(長野県学習旅行ナビ)
2005年には第53回菊池寛賞を受賞しています。
収蔵作品と展示内容
無言館には、戦争で命を落とした若い画学生たちの作品が数多く展示されています。
開館時の収蔵品は画学生37名、作品数約80点でしたが、その後増加し、現在では作者数108名以上、作品数600点余りを数えています。
2008年には隣接地に第二展示館「傷ついた画布のドーム」がオープンし、展示スペースが拡大しました。
入り口前には「記憶のパレット」と呼ばれる黒御影石の慰霊碑もあり、パレットの形をした約23トンの石碑が訪れる人を迎えます。
館主・窪島誠一郎と設立の経緯
無言館を設立したのは、作家・美術評論家の窪島誠一郎氏です。
1977年に出版された「祈りの画集――戦没画学生の記録」という画集を偶然手にしたことが、設立のきっかけになりました。
建設資金は全国からの寄付で賄われ、多くの人々の想いが込められた美術館となっています。
天満敦子が無言館で弾き続ける理由
天満敦子さんが無言館でコンサートを続ける理由には、深い想いがありました。
1999年から始まった無伴奏コンサート
天満敦子さんは1999年から毎年、無言館で無伴奏のバイオリンコンサートを開催しています。
このコンサートは「天満敦子 in 無言館」と題され、戦没画学生の絵に捧げる演奏会として知られています。
この動画では天満敦子さんの代名詞「望郷のバラード」を聴くことができます。
「亡き父と同世代の学生たち」本人が語った想い
天満敦子さんが無言館でバイオリンを弾き続ける理由について、館主の窪島誠一郎氏がCDの解説で興味深いエピソードを明かしています。
いつか天満さんに、「貴女にとっての無言館とは何か」と問うたことがある。はっきりした答えはなかったが、「ここにいる学生さんたちはみんな亡くなった父と同世代なの」と一言いった言葉が印象にある。
引用元: バイオリニスト天満敦子のプロフィール(クラシック音楽ファン)
窪島氏は続けてこう解釈しています。
天満敦子さんにとって無言館でのコンサートは、戦争で夢を断たれた若者たちと同時代を生きた亡き父への祈りの時間なのですね。
この動画ではCD「天満敦子 in 無言館」に収録された望郷のバラードを聴くことができます。
収益は全額寄付、2025年も継続中
天満敦子さんの無言館コンサートは、単なる演奏会ではありません。
2023年9月12日まで毎年継続されており、2024年10月、2025年10月にもコンサートが開催されています。
(無言館公式サイトより)
2025年のコンサートは告知後すぐに満席となり、多くのファンに愛されていることが分かりますね。
こうした活動を25年以上続けている天満敦子さんの姿勢には、頭が下がる思いです。
望郷のバラードとは?天満敦子の代名詞
天満敦子さんといえば「望郷のバラード」と言われるほど、この曲は彼女の代名詞になっています。
ルーマニアから楽譜が託された経緯とは
1992年、天満敦子さんは文化使節としてルーマニアの首都ブカレストを訪問しました。
国立フィル(ジョルジュ・エネスコ響)との共演を聴いたルーマニアの文化大臣は、こう叫んだそうです。
この縁がもとで、1993年にルーマニア出身の夭折の作曲家チプリアン・ポルムベスクの遺作「望郷のバラード」の楽譜を託されることになりました。
哀愁を帯びた美しい旋律に魅せられた天満敦子さんは、日本人として初演を果たします。
クラシックで異例の10万枚ヒット
1993年に発売されたアルバム「望郷のバラード」は、クラシック界では異例の大ヒットとなりました。
クラシックアルバムとしては驚異的な数字です。
以後、この作品は天満敦子さんの代名詞とも言われるようになりました。
2016年8月には無言館で録音したCD「天満敦子 in 無言館」を発売し、業界複数誌から特選盤の選定を受けています。
小説「百年の預言」のモデルに
天満敦子さんと「望郷のバラード」の物語は、小説のモデルにもなっています。
実話に基づいたドラマチックな展開が話題を呼びました。
音楽だけでなく、その人生そのものが物語になるほど魅力的な演奏家なんですね。
ストラディバリウスと結婚?銀婚式の真相
天満敦子さんの「夫」はなんとストラディバリウスだという話をご存知でしょうか。
愛器「ハンガリアン」との出会い
天満敦子さんは実際の人間とは結婚されていません。
彼女の「伴侶」は、1708年製のストラディバリウス「ハンガリアン」です。
バイオリニストにとって楽器は体の一部のような存在ですが、天満敦子さんの愛器への想いは格別なようです。
2013年には銀婚式コンサートを開催
2013年、ストラディバリウスとの出会いから25年を迎えた天満敦子さんは、驚きのコンサートを開催しました。
「私の伴侶はこのストラディバリウス」という、天満さん流のユーモアと愛器への深い愛情表現ですね。
検索で「夫との年の差200歳」と出てくるのは、このエピソードが由来です。
「旦那さんのために」CDも録音
2016年に発売されたCD「天満敦子 in 無言館」には、特別な想いが込められています。
収録曲は「鳥の歌」「望郷のバラード」「花は咲く」など、”平和への祈り”をテーマにした楽曲が並びます。
この動画では天満敦子さんの無伴奏演奏を聴くことができます。
愛器への想いがここまで深いアーティストは珍しいのではないでしょうか。
病気からの壮絶な復活劇…天満敦子に何が?
2022年、天満敦子さんの身に突然の悲劇が襲いました。
2022年に突然体が動かなくなった
年間100回以上の演奏会をこなしてきた天満敦子さんですが、2022年に異変が起きます。
検査入院で数日のつもりが、思わぬ長期入院となってしまいました。
首に12本のボルト…5ヶ月の入院生活
手術後の入院生活は想像を絶するものでした。
検査入院で数日のつもりが5カ月の入院生活を強いられ、手術後は絶対安静が続き、鉛筆を持てたのは数カ月後だったという。
引用元: 70歳バイオリニスト、頸椎損傷と診断され緊急手術(マイナビニュース)
現在も首には12本のボルトが入っており、首が固定されているため演奏にも影響があるそうです。
復帰を決意させた「思い出の場所」
引退も頭をよぎった天満敦子さんですが、周囲の励ましと、ある想いが復帰を後押ししました。
「思い出の場所」とは、25年以上にわたって演奏を続けてきた無言館のことではないでしょうか。
亡き父と同世代の画学生たちへの祈りを、これからも届けたいという想いが復帰の原動力になったのかもしれません。
首に12本のボルトを入れながらも演奏を続ける姿勢には、音楽への深い愛情と使命感が感じられますね。
まとめ
天満敦子さんは「望郷のバラード」で知られる世界的バイオリニストであり、無言館で25年以上にわたって戦没画学生への祈りを捧げ続けています。
天満敦子さんのコンサート情報は無言館公式サイトで確認できます。
ここまで読んでくださった方は、ぜひ一度、天満敦子さんの演奏を聴いてみてはいかがでしょうか。


1999年からは長野県上田市の戦没画学生慰霊美術館「無言館」で毎年無伴奏コンサートを開催し、25年以上にわたって戦争で命を落とした若い画学生たちへの祈りを捧げ続けています。