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「失言って法則があるんですよ。MAXテンションが上がった時に出ますから」――2026年2月の衆院選で自民党が歴史的圧勝を果たした直後、テレビでこう語ったのは元衆議院議員の杉村太蔵氏だ。
圧勝を遂げた自民党では、今回、比例名簿に掲載した候補者が全員当選したブロックも多く、候補者が足りずに14議席分が他党に振り分けられ、他党の比例復活議員を多数生み出す結果になった。通常は当選の可能性が低い比例名簿下位の候補者も当選し、「高市チルドレン」ともいえる新人議員は合計66人。
引用元: 圧勝自民を待ち受ける「高市チルドレン」教育「失言の『打撃度』は杉村太蔵さんの時以上」の声も(日刊スポーツ)
20年前の2005年、同じように「風」で大量当選した小泉チルドレン83人の中で、最も世間を騒がせたのが杉村太蔵氏だった。
彼の失言と転落、そして驚きの復活劇を振り返ることは、高市チルドレンが同じ轍を踏まないための教訓になるはずだ。
詳しい情報は以下をご覧ください。
杉村太蔵とは?小泉チルドレン最大の問題児が誕生するまで
清掃員→ドイツ証券→比例35位から「棚ぼた当選」の衝撃デビュー
杉村太蔵氏は1979年、北海道旭川市生まれ。
筑波大学にスポーツ推薦で入学したが中退し、その後は派遣社員として総理大臣官邸の隣のビルで清掃員として働いていた。
トイレ掃除を徹底的にピカピカにする姿を見ていたドイツ証券の社員に声をかけられ、試験を受けて契約社員に。
そして2005年、小泉純一郎首相が仕掛けた「郵政解散」で自民党が公募を出した際に応募。
比例南関東ブロックの名簿35位という、通常なら絶対に当選しないはずの順位から、自民党の大勝によってまさかの当選を果たした。
当時26歳。
史上最年少の衆議院議員が誕生した瞬間だった。
「料亭行きたい」「BMW買える」「給料2500万」…初日から失言連発
当選直後のインタビューから、杉村氏の発言は日本中を騒然とさせた。
国民の代表として選ばれた直後にこの発言である。
当時の民主党からは「政治家としてチルドレン(子ども)だ」と痛烈に皮肉られた。
今の高市チルドレンの皆さんには、ぜひこの言葉を胸に刻んでほしいところだ。
この動画では杉村太蔵氏の当時の国会議員としての姿を解説。
武部幹事長にテレビ中に叱られ緊急謝罪会見→それでも止まらなかった男
あまりの軽率発言に、当時の武部勤・自民党幹事長がテレビ取材の最中に杉村氏を厳重注意するという異例の事態が発生した。
その後、党本部で単独の記者会見を開いて謝罪する羽目に。
しかし杉村氏の暴走は止まらなかった。
武部幹事長から「しばらくマスコミ対応を自粛するように」と指示が出たが、その後も話題を振りまき続けた。
今の時代であればSNSで大炎上し、一瞬で政治生命を失っていたかもしれない。
当時はまだSNSが普及していなかったことが、ある意味で杉村氏を救ったとも言える。
杉村太蔵やらかし全記録!議員時代のトンデモ言動まとめ
「派閥入ります!」→5秒後「総理がダメと?ならその通り!」手のひら返し伝説
杉村氏の言動で特に語り草になっているのが「派閥」をめぐる一連の発言だ。
テレビカメラの前で「歩き方も分からないのでキッチリ派閥に入って勉強します、ハイ…」と語った直後、記者から「小泉首相が新人議員に派閥に入るなと指示していますが」と問われると――
わずか数秒で180度の手のひら返し。
この場面はテレビで繰り返し放送され、「小泉チルドレン」の象徴的なシーンとして今も語り継がれている。
自分の信念や考えがまったくない状態で国会議員になってしまったことが、これ以上ないほど明確に露呈した瞬間だった。
本会議サボってトークショー出演&83会を「井戸端会議」と内部爆破
失言だけでなく、行動面でも問題は絶えなかった。
本会議を欠席してトークショーに出演していたことが報じられ、大きな批判を浴びた。
さらに、小泉チルドレン83人で構成された同期の会「83会(はちさんかい)」についても、こう発言している。
自分が所属する組織を公の場で「井戸端会議」と切り捨てるのは、組織人としてあまりにもお粗末だ。
こうした言動の積み重ねが、党内での孤立を深めていった。
この動画では杉村太蔵氏が国会議員の収入事情を赤裸々に語る様子を紹介。
生後2ヶ月の長女を宿舎に放置して外食→脱水症状でネグレクト報道
議員としての失言や行動だけでなく、プライベートでも問題が報じられた。
杉村氏は自身のコラムで、生後2ヶ月の長女を議員宿舎に残したまま夫妻で約1時間の外食に出かけたことを明かしている。
その間に長女が脱水症状を起こしていたというのだ。
『女性セブン』は2007年7月19日号でこれを取り上げ、ネグレクトであることを指摘し、脱水症状でショック状態を引き起こせば冗談事では済まされないことになったとも指摘している。
引用元: 杉村太蔵 – Wikipedia
杉村氏は「3ヶ月検診の結果、異常はみられなかった」とブログで釈明したが、乳児を放置して外食という行為そのものが厳しく批判された。
失言王の称号は伊達ではなかった。
そして2009年、杉村氏は次の衆院選で公認を得られず、1期で政界を去ることになる。
小泉チルドレン83人のうち、2009年の衆院選で再選できたのはわずか10人。
生存率わずか約13%という壮絶な末路だった。
現在の杉村太蔵がスゴい!そして高市チルドレンへの「警告」の中身
落選→バンクーバー逃亡FXトレーダー→タレント復帰→投資で「億り人」に
政界を去った後の杉村氏の人生は、議員時代以上に波乱万丈だった。
まず「あの人は今!?」とメディアに追いかけられるのを避けるため、カナダのバンクーバーに渡り、FXのデイトレーダーとして生計を立てていた時期があるという。
落選から投資家として億単位の資産を築くまでの逆転劇は、あの「料亭行きたい」の青年からは想像もつかない変貌ぶりだ。
講演会のギャラは90分で80万円、年間72回という「講演会王」の異名も持つ。
現在はTBS「サンデー・ジャポン」やテレビ朝日「ワイド!スクランブル」などに多数出演し、三児の父でもある。
旭川で商店街再生「ここはれて」開業→振興組合理事長の実業家へ転身
投資だけではない。
杉村氏は地元・旭川市で本格的な事業にも乗り出している。
2022年、旭川市の買物公園沿いに食と文化の発信拠点「旭川ここはれて」を開業。
2024年1月には山口県下関市にも「唐戸はれて横丁」をオープンさせた。
元衆院議員でテレビのコメンテーターなどを務める杉村太蔵氏が、商店街の再生に向けた事業を始めている。投資で得た資金をもとに北海道旭川市に屋台村を開業し、山口県下関市でも展開する。2024年には旭川平和通商店街振興組合の理事長に就いた。
引用元: 杉村太蔵氏が北海道・旭川と山口・下関で挑む商店街再生(日本経済新聞)
さらに2024年7月には旭川平和通商店街振興組合の理事長に就任。
「補助金に頼らない地方創生」を掲げ、起業家の育成と商店街の活性化に取り組んでいる。
清掃員から議員、そして億り人の実業家へ。
「料亭行きたい」と言っていた26歳の青年が、20年後に商店街の理事長になっているとは、人生は分からないものだ。
この動画では杉村太蔵氏の講演会での熱い語り口を紹介。
「失言はMAXテンションの時に出る」杉村太蔵が高市チルドレン66人に語った教訓
2026年2月9日、衆院選の開票結果が出た直後のテレビ番組で、杉村氏は自身の経験をもとに高市チルドレンにこう警告した。
杉村氏は「これは冗談抜きで…今回大量の新人議員が当選しましたと。大量の新人議員が問題やらかすと必ず20年前の僕の映像が流れますけども」と語った。杉村氏は当時を回想した上で「失言って法則があるんですよ。MAXテンションが上がった時に出ますから。今、十分にお気をつけいただきたい。丁度、今日から2、3日から危ない」と「高市チルドレン」に警鐘を鳴らした。
引用元: 元「小泉チルドレン」杉村太蔵氏「失言って法則がある」新人議員「高市チルドレン」に注意喚起(日刊スポーツ)
20年前に自らが「最悪の見本」となった人物だからこそ、この警告には重みがある。
実際、自民党は2026年2月17日に新人議員を対象とした研修会を開催し、国会議員の心構えやSNSの利用、メディア対応について指導を行う予定だ。
しかし、かつて小泉チルドレン時代にも派閥という「教育機関」が存在していたにもかかわらず失言は止まらなかった。
研修だけで66人の新人を制御できるのかは、正直なところ未知数だと言わざるを得ない。
ここまで読んだなら、高市チルドレンの今後の動向もチェックしておくといいかもしれない。
まとめ
杉村太蔵氏は小泉チルドレンの「失言王」から、投資家・実業家として見事な復活を遂げた人物だ。
「料亭行きたい」の26歳が、20年後には旭川の商店街再生に挑む理事長になっている。
その波乱万丈の人生は、まさに「〇〇チルドレン」の光と影を体現している。
次回は「小沢チルドレン・小沢ガールズ編」をお届けする予定だ。
政権交代の風に乗って143人が当選し、再選できたのはわずか5人。
その壮絶な末路と、涙なしには語れないエピソードをまとめていく。
(衆議院選挙速報 日本経済新聞より)


この選挙で新たに誕生した自民党の新人議員は66人。
メディアはこの新人たちを「高市チルドレン」と呼び始めている。